定金冬二『無双』黙示

-黙示-
(昭和46年~49年)

にんげんのことばで折れている芒

人間そっくりの人間がいるビルの谷
敵はひとり私と同じ顔を持つ
すでに傷つき茶碗のなかのデモを見る
傷だらけの午後が近づく ゆりかごは
やあやあと傷の深さを計りにくる
傷ついたのは一本の花のせい
転がった卵がすこし悪になる
柱の傷はスタイリストの死んだ日だ
みな敵の カレーライスは残さずに
カレーライスがうまくて死ぬるのはやめた
敵の目の前できっちり靴をはく
再起する靴 怖いほど足にあう
花道は哀しいものと知る仏
喧嘩をしたり笑ったり 卵を買う
夢売りは疲れて夢をたべはじめる
薬莢をひろう仏の休日だ
哲学の本を跨げば死ぬるのか
返り討ちの耳をたしかに洗っている
道化師に不発の銃がたまるなり
鴉を見ていたのでアリバイのない男
裁く人小さな咳をして裁く
被告席で男は旅がしたくなる
旅は駱駝で小さな位牌もっている
遠い旅人ベトナム彩の鳩を飼う
海が見たくて少女はきょうも木にのぼる
サンドイッチマンが疾ると 海になる
海を見た駱駝それから狡くなる
海の牙 男のくにを聞きもらす
密教や うごこうとせぬ孕み猫
密教沈み 男に乳歯はえてくる
鳥葬の島は 一匹ずつ満ちる
島は落暉 一巻の経重くなる
犬釘を一本盗みたいのだが
皿が白くて柩を一つ描いておく
法師去ってわが誕生日早くなる
みそ屋の看板にみそとある処刑の町
眠れなくて羊を一匹ずつ殺す
顔の写るナイフを持っているポルノ
街の鳩しだいに街を莫迦にする
もう紙にもどれはしない千羽鶴
にんげんのなかでにんげん空をみる
二日酔いの坂を坂だと思っている
箸が欲しくて日本人だと言ってみる
うすい手紙も厚いハガキも空腹だ
木から落ちて疑い深くなるリンゴ
悲の面はたった一つで下りてくる
ゲリラのいないフランスパンを横抱きに
一せいに馬が疾って別れがくる
ふるさとの駅に卑怯な貌で下り
雨の地蔵に蝙蝠傘を盗まれる
いくたびのいのち乞いともおもうなり
髪を洗う責められること幾つもある
山を見ている 耳かきがほしくなる
やがて困難な時間がくる 雑木林
深いえにしの海はおどろくほど静か
ボヘミアン雲に躓きそうになる
セクシーなフットボールが置いてある
まこと重たきパチンコ玉の十個ほど
奇跡があっても村のカジ屋はカジ屋かな
ことに聖夜は美しき木偶の鼻
ぼくのこころの中で他人が石を持つ
コーラスの少女をライバルにしよう
橋は落ちるトランペットの激しき孤
まごころの一点にある陸橋よ
猫の背の秋をつかまえようとする
友だちの眼鏡を隠す薔薇のなか
真上から花を写せば罪になる
泣くまいと明るい方へ顔を向け
秋ナスの一つを男深く切る
男はいくつになっても汽車を待っている
ジェット機落ちて男もベッドから落ちる
風が聴きたくて男は薔薇を剪る
祈り終えてぼくの帽子が見つからぬ
祈り疲れて芒になった芒の穂
男のまわりに遠く去り行くものばかり
牧場夕焼け死んだ男も夕焼ける
墓地に降る雪が見たくて裏切りぬ
男は莫迦で蛇に噛まれたことがない
男だとて泪で洗う貌がある
似顔絵を一枚持っている 西日
母であったりおんなであったり長い塀
すみれ蒲公英妻という名にいつ叛く
靴を盗まれておんなはモデルになった
火があって妻の名前は伏せておく
オリンピック終わり地にあるものは妻の耳
雨の夜の枕をかえてみる夫婦
枕からまくらに通う汽笛かな
夫婦寝てピエロの帽子あるきだす
妻と逢う一樹の蔭はほしがらぬ
妻に逢うと黒いポエムがひろがるか
うごかない時計で妻を捨てに行く
ポケットに妻と別れた橋がある
おんなを信じると夜汽車が夜に着く
おんなは神に叛き土筆を持ってくる
ゼロが一つ多いとおもう夜の貨車
噴水になったおんなに電話する
眼帯をすると見えだすおんなの朱
てのひらを見せたおんなと奈落まで
おんなは耳から嘘つきになる小さなランプ
どうせ裏切るおんなと本屋まで歩く
明るい髪のおんなが歩く爆破音
おんなも男も別れるために眼をさます
別れがたくて土の仏に瞳を入れる
原爆忌の百日前の受胎かな
落ち行く先は枕をならべ火をならべ
ユーモアをおんなに教えキリン死す
それは小さな足音で哀しみがわかる
笑いすぎて母もおんなも木になった
お前も有罪 笑わぬ猫を飼うている
木馬はむかし舌禍の罪をもっていた
朱のいろの人をへだてることしばし
許すといえば墨絵の河童墨になる
喝采のなかでカマキリらしくなる
みんな他人でゴム風船を呉れるのさ
花束を投げると今が笑いだす
切株に鴉を描きらんらんたり
悪の日は天まで冴えるリンゴの朱
胸が一杯だから歩いていく鴉
人をおもえばぼうぼうと火は人を焼く
とても短いエンピツで愛と書く
寂しさがひろがりそうで爪を切る
爪を切っても髭を剃っても距離がある
悪い猫 聖書ばかりを読んでいる
どこかでハーモニカ吹いている密告
ポプラの木刺客が通るのを見てる
四ツ角のポストは殺せ落日だ
大正生まれおもちゃのタンクから落ちる
やがて縄は陸軍二等兵になる
透明になるほかはなし兵の墓
童貞で死んだ阿呆を貨車に乗せ
知恵の輪がとけて柩を買いに行く
死が一つテレビを通りすぎて行く
一人死んで蝙蝠傘をさしてくる
夥しき日光がある人の死に
長いほど面白い悪人の葬の列
そして埋葬そしておんなは髪を編む
冬の雲 密葬のひと放さない
土があるので蟋蟀の死に土をかけ
子の墓に秋のエンピツ置きに行く
わが死後の果物皿は軽くなる
すこし明るいのは病人が死んだから
詩がほしくなってマッチを買いに出る
切符一枚うごかしがたき河口かな
バンザイをする木に釘を打ちに行く
コインロッカーへてのひらを隠す
焼死体 時間をかけて猫になる
蝙蝠が一匹沈む男の枕
真夜中のコップの水は 鬼である
芒にむせておんなを独りぼっちにす
踊り子はドガに背いて踊らない
絵のおんなぼくのマッチを返さない
みんな痛みのなかに帰って行くのかな
煩悩や うつうつとある火の鸚鵡
楢山の鴉百羽を美とおもえ
ほんとうのことを炎の中で知る
重婚の罪で朝からめしをくう
急がねば亡母の柩に追いつけぬ
トラックの豚よ亡母には逢わないか
剃刀を母に渡して亡母をみつめ

亡母が去って硬貨の告白を聴こう
樹を切れば亡母のこだまが帰ってくるか
行列の中の亡母だけ振り向かぬ
闇に浮く亡母の歯形のあるリンゴ
月光や いかさま賽は亡母に返す
亡母あわれ火があれば火を消しにくる
跣になると亡母が帽子を持ってくる
炎えぬ日は亡母の枕が落ちてくる
亡母の指いくら切っても生えてくる

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by nakahara-r | 2009-06-17 00:56 | 定金冬二『無双』


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