定金冬二『無双』合掌

-合掌-
(昭和20年~29年)

湖の底の鈴を鳴らしに行こうよ妻
渡れない橋を見ている夫婦であれば
デモの夜の枕が炎えてくるぞ妻
革命の前夜を夫婦きたなく寝る
夫婦炎上 くちなしの花冷ややかに
妻よもう灯をつけようか小さなランプ
米をとぐ大胆不敵なる妻よ
からの米びつ急におんなに逢いたくなる
旅の橋渡る妻子をふところに
眼の前の葦は折れたり妻子をおもう
働き抜いて指が短くなるぞ妻
鴉になる妻を見ている濃き夜だ
金のない夫婦が歩く琴の上
貧しいのだよと子に三度言う三度うなずく
美しきいのちであれと子を叱る
ほうれん草のみどりを信じ夫婦である
夫婦して冬の花火をあげんかな
塔の挑戦妻を味方に呼びに行く
いくら翔んでも妻よ仏のてのひらだ
銃口の前でも夫婦だというか
縄のある風景 妻と子は遠い
ブイは一個のめおとの海荒れる
樹が二本 夫婦の縊死の樹であるか
妻が研ぐ刃物の音を聴いている
腹中を泳ぎはじめた妻の首
こけそうな夫を押してみたくなる
爪を剪っている 夫の首を切っている
霊柩車に妻の磨いた弾丸を積む
夫の一揆 月に発つ日を黙っている
夫婦の間にふくろうがいる確実に
ユーモアを一ぱい持って離婚かな
妻の首をしめた手袋の白をあげよう
罪あるゆえ宇宙遊泳およびもよらず
墨で描く炎というは恐ろしき
壁画のおんなにこころを重ねている
胸が痛くなったらパセリでも食べろ
箸置いて思い出せない聖女の顔
ピーマンの青・赤・黄は怒りなのだ
百日草 百日咲いて莫迦になる
エレベーターにひとり殉教者ではないぞ
売りに行く仏がくれた枇杷の種
女が流れて来ないかと河を見る
炎えているのはお前の嘘だ見よ
偶話にもならず男がめしをくう
街の風みんなアキレス腱を持つ
どろんこの靴よ神さまかも知れぬ
逃亡の街 噴水は落下する
嵐に負けたくはない合唱団なのだ
鋏は突くものだと書いてある女の本
疑えば雪はおんなの髪に降る
一生の中の小さな猫の死だ
傷つきやすきおんなと秋のバスを待つ
狂わずにおんなを乗せたバスがくる
旅のなかの旅 来るおんな去るおんな
神を信じるおんなとついに徹夜する
水甕の底にあるのはアベ マリア
すぐ痛む人と素朴な対話する
僧ら来て一人のぼくを男にできぬ
無題と書いて神を欺くのかおんな
指を折る 水刑の指火刑の指
右も左も見ずにアスパラガスを噛む
象と売られて海峡こえる象使い
むかし童話を書いた男の汚れた胃
プラグ差し込むとおんなが廻り出す
みな屋根があっておんなはみな叛く
おんなは叛き重い漬物石を持つ
暗算をするとおんなが歩きだす
炎えながら去るひといろのおんなの帽子
心電図おんなの逃げるのがわかる
裏切って花屋の花をみな買おう
コメディアン木靴をぬいだときに死ぬ
青空に犬死にと書く美しき
船のない船長が買う小さな墓地
背信の窓から寺の屋根が見え
ある日 唇の中まで歩いてしまう
おんなから鴉が逃げる夜明けだな     
逃げろ逃げろオルガンのある所まで
きょうはまた青いカワラを割るおんな
おんなの中の銀がきらめくそれまでだ
まぼろしを見た日おんなはハイという
ふるさとの坂で炎を消している
登りつめると復讐と書いてある
田の中の赤いスカート滅びぬおんな
すぐ寝つくおんなを神にしてやろう
問えばおんなは血を見ていたと微笑する
胸の矢を抜け おんなの話でもしよう
おんなに贈るやがて火を吹くネックレス
瞳のなかの鈴が鳴りだすおんなの瞳
午後起きて鸚鵡に人の名をおしえ
この長い廊下を負けてなるものか
再び敗北 少年鼓笛隊通る
本物の空かとおもう車輪の下
運転手ひとりも轢かず朝がくる
弱点は誰にでもある高い煙突
空間があるのでぼくは石を持つ
不意に殺意ひまわりの首切り落とす
握りしめて鬼か仏かを試す
英雄が来てたそがれの卵を買う
石の貌 むかし人間かも知れぬ
どこまでも砂丘ことばを落としてしまう
こころに還るものあり夕焼けをみている
一つ済んで黒いけむりと白いけむり
やがて瞳を入れるとぼくを刺しにくる
縞馬の縞うつくしく死をおもう
冷凍魚みれんたらしく眼をあけな
終着駅までおんなは麦笛をすてぬ
人づまよ鸚鵡の舌は抜いておけ
白旗をかかげたときの長い道
人づまと10歩あるけば10歩の罪
まるでこの世の終わりのようにゼニを読む
どうせ一度は散るてのひらだ火を掴め
再びぼくのいのちをおもう深い森
わが墓地をみている静かなる炎

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by nakahara-r | 2009-06-17 00:53 | 定金冬二『無双』


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