迷路(昭和30年~39年)

-迷路(昭和30年~39年)-
バイブルのどこを開こう原子雲

この釣竿 神話が釣れるかも知れぬ
未来のどこかで軍靴響いてきはせぬか
平和論者あのとき君は黙っていたぞ
千手観音 千本数え気が緩む
たちまち墜落 菩薩は何をなすべきか
これはスラムをつけ焼きにする 鉄串
お立ち合い死後硬直の時間だよ
せめて合掌ビルマの土が赤いから
CM氾濫 勃起を押さえようがない
少年人を刺し 体育館は雨がもる
マスコミよこれは見事な秋刀魚の骨だ
カラスの糞 バクダンとなれ政治の頭上
夜の盃に 野獣主義を描く
夜の鍵 深いところで音がする
労働者 指の曲がったまま死ぬか
八時間にんげん売ったのでは食えず
風刺が風に吹かれて白いめしがある
絶句した男にスイッチを持たせ
再び浮かびこぬかも知れぬ潜水夫
ピアニスト ピアノを売って復讐する
月が赤い月の世界のゆれる日か
知恵くらべあう月の哀しみは知らず
汚職した人の写真がなぜ笑う
ベートーベンのような貌をしなさるな
人が車を轢いたのならば見に行こう
自分への疑いがあり灯をつけず
眼をとじるとぼくがいるから眼をとじる
真夜中の感動腕が二本ある
わがこころわが命より美しく
さあ春だ十本の指ひろげよう
口に出して言ってしまったから歩く
自負心という厄介なものを持ち
銀河濃く善意だけでは生き難し
辞書は破れかくそうとせぬわがくらし
神さまのどこの頁にわが一家
自分だけが頼り枕を裏がえす
貧乏詩人 泪もろさを宝とす
ゆうゆうと歩く千円ほど持って
罪はわがこころが決めるコップ酒
くにに山河あり命を抱きしめる
人生を疑い川に影おとす
腹が立ちそうでごくごく水を飲む
力にもなれずに帰す風の中
独り酒 泣きとうなったから笑う
やけ酒のかわり映画を二つ見る
裸婦の絵の肌やわらかく金に飢え
金ゆえに眠り金ゆえ眠れぬ夜
人を人とおもい貧しさから抜けず
利口ばか 骨の硬さに酔いしれて
石垣のつぶやき誰も聞くものなし
塔の尖端 勝ち負けにこだわらず
炎天を行く 神にうとまれたる男
ピリピリと裸木の殺意立ちつくす
その上になお冬帽の重さなる
人間の眼の前にある海のいろ
かくれんぼ 夕陽が怖いほど赫い
ストもよし何もしないでいるよりは
青春は還らぬものを昼の牌
どうしても持たねばならぬ黒の重量
群衆やがて一人一人の貌になる
いま生きている素うどんがあたたかい
序文もなく後書きもなく豆腐をくらう
現代を捜そうとして穴に落ち
おのれへの刺客を放ちしんしんたり
にっぽん昆虫記わたくしもその一人
ノスタルジア青年ひとり逆立ちす
満員電車の一人が狂うかも知れず
水洗便所をいっぱいひらき負けたのだ
竹の鬼から竹人形は血をもらう
むかしむかしおんなの髪は手に余り
おんなの意地でしあわせと言っておく
おんな憂えなく魚の首を刎ね
おんななぜ一つのこころ守り死なぬ
おんなとは哀しいときも何か提げ
こんな男を憎みもせずに火を熾す
橋が長いのでおんなが憎くなる
天皇の写真ふむ子に育てまい
船もバスも子をおもうこと多き世に
失明をするかもしれぬ子が笑う
弱い子に弱いといってうつむかれ
クーラーがあればと熱の子を抱いて
子らよ来いテレビはないが父がいる
紙芝居ただ見する子はうちの子か
風邪ひくなテレビ見に行く子のうしろ
子が笑うなんの貧しさなげこうか
長女もう欲しいところに釘を打つ
子と独楽をきそうこころは金のこと
頑張っている子と握手して別れ
幸うすき親子が丸くなって寝る
月が誰のものになろうと子はわが子
釣り合わぬ縁とは親がおもうだけ
火事見舞ずっとむかしに世話になり
さあ妻よきょうの活字をひろおうよ
質屋米屋妻に息つくときがなし
天才は一人も生まず手内職
断りに行かせた妻に降りはじめ
妻のいもうと妻がおらねばすぐ帰り
親類のテレビは見ずに妻もどる
催促の帰ったあとを妻は掃く
貧乏詩人かけ取りが来てぺっしゃんこ
ガスで死ぬ心配はないわがくらし
わが胸のダイナマイトを妻が消す
男であることの寂しさ妻を打つ
別れようかと思いあしたの米をとぐ
子を送る荷を二つとも妻が持ち
医者に行く妻が何度も振り返る
病む妻に冬の花買う気がうごき
妻の足袋小さく干してあり妻よ
冬の星 金にかたむくこころ射る
三等亭主一等になる気などなし
妻を待ついつかのいつかの日のように
カズノコを食えば貧乏なおるのか
死神のくれた消しゴムを使う
穴は掘れた死体を一つ創らねば
無理をして買うた背広に喪章まく
墓地を背負っているネクタイを結ぶ
冬の陽はありがたきかな火葬の列
火葬場でくるくる舞えり三回ほど
デスマスクまだ人間を捨て得ずや
ぼくの死体をぼくが担いでいてよろけ

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by nakahara-r | 2009-06-17 00:51 | 定金冬二『無双』


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