定金冬二『無双』私小説

-私小説(昭和20年~29年)-

駆けつけてくれたは金のない身内
戦争の被害者ばかり三等車
善人に起床ラッパはもう鳴らず
兵隊に行っていたから見えた富士
生き難く死に難く梅匂うなり
青空の下でこせこせしなさんな
晩秋の一本道だよ日傭いだよ
雲去来 人にこころが許されず
逆境のてのひら秋の陽をすくう
いっそもう堕ちてしまえば楽な世か
悟ってはくれぬ話をして別れ
真実を聴いた日バラの芽を見つけ
わが頭わが手で愛すほかになし
昨日は昨日きょうはリンゴの皮をむく
生きて行く技巧まずしく歯を磨く
ふるさとが好きふるさとへよう去なず
十返舎一九もおらず世に疲れ
父のくに父もあんまり知っていず
先生はゆううつチョークまた折れる
たそがれのポプラ一本われに似る
あるときは王者のこころ花を買う
春雷や 人あざむいた覚えなし
汚名すすぐ術なく桜すでに散る
こんな美しい貧乏をさげすむか
にんげんを怖れにんげん灯を消せり
言い訳の呼び鈴おせば灯がともる
こころ見抜かれて帰る蒼空や
父逝きて一年母の昼寝ぐせ
家を売る日のひとときを父の墓
どん底に仏の花を買う日なり
うしろから鏡の母に話しかけ
日の丸を出せと寝ている母がいう
あきらめている病人で話しよい
冬の蠅ひょろひょろと来てわがさだめ
慰めて下さる人もふしあわせ
耳かきの温みを妻にゆずられる
髪洗う妻いいことがありそうに
金借りに行く靴なれど磨く妻
貧乏をさげすむ瞳だと妻も知る
ぎりぎりの憎しみ石を投げてみる
子がみんな寝てからリンゴ妻が出す
正直は腹のすくもの空を見る
タンス売った壁に小さな額を掛け
父に手にしばらく廻る風ぐるま
税金の督促だった戸を閉める
スクリーンに写る苦労は多寡が知れ 
子供らの指さす馬車は米を積み
連れて来た家のおもちゃがみな動き
借金を払った夜を子と花火
弱い子へ金魚へ冬が近くなる
弱い子に童話の種がすぐに尽き
泣く子笑う子拗ねる子寝る子みなわが子
子の寝相なおす夜中の父ひとり
子を散髪どうやら春が来たような
義理の母すこし吃って金をくれ
おとぎの国にばくだんはないよ
貧乏を苦にはしないが気にしてる
真夜中の舞台にひとり芸の鬼
ぼうふらの眼にぼうふらが死んで行く
強い者が勝つさ舗道に陽は強烈
山高し たかのしれたる金を持ち
恩人に一本きりの傘を出す
アトリエにきのうからある赤い独楽
幸せは屋根に瓦がのっている
シンフォニー都会の屋根はでこぼこだ
闘鶏の勝者敗者に陽がまとも
まっ白いキャンバスに神を描かず
牛飼いに牛の言葉のみな哀し
地球自転 作家生まれて作家死す
敗北のうたの作詩者なら許す
胃が待ってくれぬ夕陽が美しい
くろかみを愛すこころをおんな忘れ
思うまいしかし思えと灯がともる
愛情は炎のごとし無口なる
失望のあとをおんながついてくる
十日逢えず十日想いが渦となる
幸せに逃げられそうで黙っている
満天の星 愛情を疑わず
しばらくの別れどちらも寒くなし
命とはこんなきれいな夜の泪
尾燈小さく小さく逢える日を信じ

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by nakahara-r | 2009-06-17 00:48 | 定金冬二『無双』


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