2005年 11月 21日
錆色の飛沫になって眠ってる
文:なかはられいこ
屋上にピアノが吊り上げられてくのを見てます。Q1・努力しますか? 鈴木二文字
「まぶたが閉じないんだ」
どんなに努力しても。
と、あたしのあたまを両手でかかえながらYは言う
「眠るときにも?」
「そう、眠るときにも」
深夜、オレンジ色の豆電球のあかりをかすめて
兎や山羊の影が部屋を通り抜けるのが見えてしまうと言う
「眠ってるのに?」
「そう、眠ってるのに」
やつらは決まってぼくの頭の方から足の方へ移動するんだ。
つまり東から西へ、ね。
それに意味があるのかって?
そんなことは知らないさ。
あのね、兎や山羊ならどうってことなかったんだ。
蝦蟇蛙の影が団体で通ってくのも、まあ、いい。
だけど、きのうなんて蝉の団体、だったんだぜ。
しかも飛んでくんじゃないんだ。
しゃかしゃかしゃかしゃか歩いてた。
あの足で。
さいあくだ。
話し続けているうちに眠ってしまったのか
あたしの髪をなでていたYの指がとまる
「眠ったの?」
開いたままの目を覗きこんでみる
充血した白目のまん中に暗い夜の森の湖みたいな瞳があって
湖の中心に浮かぶ浮き島のように虹彩が揺れている
見なくてすむものまで見えてしまうことと
見せたくないものまで見られてしまうこととは
どちらがつらいのだろう
閉じないまぶたと
隠せない影
首にまわされた腕をそっとはずし
あたたかいベッドから起き上がる
月明かりの射し込む部屋を
東から西へ通り抜けてゆくあたしの影を映して
Yの虹彩はいま揺れているだろうか
錆色の飛沫になって眠ってる なかはられいこ