波の音しているけれどぼくじゃない  

短歌:村上きわみ
文:なかはられいこ


ほころびもほろびも遠いものとして葡萄の種子を吐き出している  
村上きわみ


「ほころび」と声にだしてみる。
「ほろび?」と聞きかえす。

「ほ・こ・ろ・び」
「ほ・お・ろ・び?」

セーターに空いたちいさな穴のはじっこから、
五ミリほどの毛糸の先っちょがひょろんと出ている。

「これは芽かもしれない」
「目?」

芽かもしれない。
セーターの大地からにょろんと生えたほろびの芽。
ひっぱればひょろひょろと伸びて、
あてどなく伸びて、
ついにはセーターをほろぼすことになる芽。

目かもしれない。
セーターのほころびから肌が見えている。
凶暴なエネルギーを内側に秘めたまま、
いっときのしずけさを獲得している白い肌。
台風の目のようなしんとした肌。




し、



た、






ね。

ほころびてゆく精神と
ほろびてゆく肉体に
葡萄の種を埋めよう。
いちばんふっくらした
いちばん光る種を埋めよう。

波の音しているけれどぼくじゃない  なかはられいこ
by nakahara-r | 2002-11-09 10:59 | きりんの脱臼(短編)


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